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落語のこと 吉朝さんのこと

 吉朝さんの訃報から 3 日経ち、ようやく気持ちが落ち着いてきたような気がします。それでもやっぱりいろいろ考えてしまうことに変わりありません。
 職場に落語ファンがおらず、落語好きの友達も忙しいようで話す機会を得られず、気持ちのやり場がなくて吉朝さんへの想いだけがぐるぐる回ってる感じです。
 普段は雑談などほとんどしない隣席の先輩が、「吉朝さん、亡くなられましたよね。テレビでチラッと観たんやけど、わさびさん、がっかりしはるわと思って」と声をかけてくれ、少し話せたのが救いでした。それと、きのう南湖さんが話された吉朝さんの思い出話でも、もやもやしたものが少しやわらいだ気がしました。

 ウェブが一般化し、ブログが流行ってて、いろんな方の追悼文や回顧録を読むことで気が紛れました。ありがたい時代です。
 私と同じような方も少なからずおられると思い、自分自身の気持ちの整理も兼ねて、私も吉朝さんのことを書いておきたいと思います。


 私が落語と出会ったのは、小学生の頃に読んだ六代目・柳亭燕路さんの『子ども落語』(全 6 巻)と云う本です。もちろんそれまでに落語がだいたいどんなものであるかは知ってましたが、噺にきっちり触れたのはそれが最初。感想は「おもしろい昔話やなぁ」くらいのもんでしたが、それでも落語への興味はわきました。「寿限無寿限無‥‥」と憶えてみたり、「時そば」のトリックに感心したり。
 ちょっと前、子供たちの間で「寿限無」が流行ってましたが、自分の昔を見るようで共感しつつもなんとなくおかしかったです。

 高校に入ってテレビの深夜番組にハマりだした頃、『枝雀寄席』と出会いました。衝撃的でした。「落語って爆笑できるんや」。枝雀さんも一門の方々もその落語がおもしろく、毎回楽しみでした。
 チャンネルを探ってみると、『特選!! 米朝落語全集』ってのも。「米朝さんって枝雀さんの師匠か。こっちは落語のスタンダードやなぁ」。若い時分でしたから、爆笑度の高い枝雀さんの方に惹かれてました。
 テレビでは観ましたが、生の落語はまだまだ。『枝雀寄席』の公開録画に 1〜2 度行った程度。『枝雀寄席』の特別企画『春はあけぼのオールナイト枝雀』にも偶然(友達の父親が整理券をくれたんで)行くことができ、番組中でインタビューされたのが思い出されます。

 高校時代は『週刊テレビ広辞苑』や『現代用語の基礎体力』の影響で演劇の方に興味があって、劇団そとばこまちや劇団☆新感線なんかの公演をよく観ました。そんななかに笑殺集団リリパット・アーミーもあり、そこに吉朝さんが出演されてたわけです。これが私の、桂吉朝と云う噺家との出会いです。
 リリパでの吉朝さんは「へんなおっさん」ってだけで、キャラクター的には中島らもさんやひさうちみちおさんの方が強烈(と云うか、演技が下手すぎて目立つ存在)でした。

 それでも何度かリリパの公演を観るうちに吉朝さんの落語にも興味がわいてきて、最初に行った吉朝さんの落語会が『吉朝学習塾』で、そのとき観たのが「遊山船」だったと思います。(正直、そのあたりは記憶があやふやなんですが)
 吉朝さんの落語の印象は「シュッとしてておもろい」。「遊山船」や「七段目」の粋な感じときれいなサゲが印象的で、それを抜群の安定感で演じ、しかもきっちり笑わせてくれる。クスグリのセンスや演出のこまやかさなど、とにかくツボにはまりました。
 何度か会に足を運ぶうちに、私の中では《落語=桂吉朝》の図式が定着。趣味嗜好は人それぞれですが、私にとって一番のご馳走は米朝さんでもなく、枝雀さんでもなく、吉朝さん。すぐにそうなっていました。


 小米朝さんのあとに高座へ上がったときなど、開口一番「ね、下手くそでしょ?」。どこまで本気なんかわかりませんが、自分の芸に自信がなければおいそれと云える台詞じゃないでしょう。高座では「会はせんと、ギャラだけ振り込んでもろたら‥‥」てな感じでぐうたらキャラをアピールしてましたが、言葉につまったりかんだりする場面はほとんど観たことありませんし、実際はみっちり稽古してて、研究熱心だったんだと思います。
 吉朝さんの高座ではその噺の情景が浮かぶようで、とくに季節物の噺は出色でした。「愛宕山」「百年目」「遊山船」「まめだ」「かぜうどん」「不動坊」等々。
 また、やっぱり忘れてはならないのが芝居噺。歌舞伎よりわかりやすく、歌舞伎よりおもしろく、それでいて歌舞伎への興味もかき立てる、そんな高座でした。「七段目」「蛸芝居」「狐芝居」「質屋芝居」「本能寺」等々。

 吉朝さんの落語はハズレなしだと思っていますが、とくに好きな噺を(勝手に)ご紹介します。
 「遊山船」では、風流な船遊びの情景、粋にあこがれる喜六の滑稽さ、(浴衣は汚いけど)きれいなサゲと、吉朝落語を存分に味わえると思います。
 「宿屋仇」での、紀州屋に泊まる侍・万事世話九郎と紀州屋の番頭・伊八とのやり取りと、伊八を呼び出す世話九郎がカットインする場面転換の絶妙な間。やかましい泊まり客、源兵衛、喜六、清八の三人組の描写など、見どころ満載。
 「七段目」は若旦那の芝居の真似事もさることながら、一階の旦那と二階の若旦那との対比がおもしろい。この噺もサゲがきれいに決まります。
 「高津の富」の富の抽選会場、辰八五七番に懸ける男の暴走妄想が秀逸。とくにこの噺は先日の一宮の会で観たのが、誰が演ったものよりも最高の出来でした。
 「質屋蔵」は CD の『おとしばなし「吉朝庵」』第 5 巻に収録されてるものを何度も聴いてますが、熊五郎の狼狽ぶりにはいつも笑わされます。(電車で聴いてるとヤバい)
 「たちきり」は若旦那と小糸の恋の儚さ、切なさがみごとに表現されていて、素晴らしい。こちらも CD 第 2 巻に収録されています。
 「ふぐ鍋」の所作は芸がこまかい。鍋のフタを取ったとき、スッと視線を上げて湯気を追う仕草。熱い鍋の具ををほおばり、取ったり取られたりのやり取りなど、ホントにおいしそうに食べてます。
 「蛇含草」での餅のおどり食い。私、餅好きなんです。


 会社でも私の落語好きは知られていて、職場の昼礼なんかでも話したりしてました。でも、実際は落語ファンと云うより吉朝ファンなんですよね。落語会に行くと云っても吉朝さんの会がほとんどで。
 そのことを昼礼で話した日の夜、吉朝さんは亡くなられました。

 最近は少しずつ変わってきてて、吉朝さんのお弟子さんの会や、吉朝さんの朋友の千朝さんや雀松さんの会も観るようになってきました。さらには笑福亭たまさんの会に足繁く通うようになり、そこから講談の旭堂南湖さんにまで拡大。これも学生時代から吉朝さんの会を観てきたからだと思っています。
 いろんな落語会に行くようになって、同じ噺でもいろんなスタイルがあることを発見したり、落語の広さと深さを実感しています。そしてなにより、あらためて吉朝さんのすごさを再認識。

 学生時代から吉朝さんの会を観てますが、いつでも観られるとの安心感で神戸や京都、堺の会なんかはパスしてきました。正月の『桂米朝一門会』ですら、一席しか演らんからと、ほん最近まで敬遠してたくらいです。落語以外にも浅く広くいろいろ観るのが好きなもんですから、他のイヴェントとバッティングして吉朝さんの会をパスしたことも。
 結果論ですけど、いまから考えたらもったいないことをしてたと思います。

 それでも学生時代から年に 5〜6 回かそれ以上は吉朝さんの会に行ってるはずですから、たくさん観られたと思います。その間に『吉朝学習塾』のお客さんもどんどん増えましたし、独演会のチケットも取りづらくなっていきました。

 楽屋を訪ねたりとか、個人的なお付き合いとかはまったくありませんでした。あこがれの対象で、おそれおおいと云うか。
 どこだか忘れましたが、早くに会場に着いて付近をうろついてたら吉朝さんとあさ吉さんが来られて、こちらが軽く会釈すると吉朝さんの方から「きょうはここですよねえ?」と声をかけられたことがありました。いまなら「演る人間が知りまへんのかいな」と突っ込むところですが、緊張して「そうやと思います」としか云えませんでした。それが私の唯一の、吉朝さんとの第三種接近遭遇です。

 よく会場で録音してる人を見かけましたが、その度に「いつでも生で観られるんやから、そんなことせんでもええんちゃうん?」と思ってました。結果は私の負け。いまは CD や DVD が発売されることを願うばかりです。願うばっかりではアレですから、よみうりテレビや東芝 EMI あたりに嘆願書を出してみたいと思います。


 珍しい噺を復活させてたのは、師匠からの期待もさることながら、自身の落語愛の発露だったんだと思います。自分が演ることで後生につなげたいとの想いが強かったんじゃないでしょうか。
 最後の高座となった「弱法師」、太融寺でのネタおろしでは満足できず、これぞと云う形で残しておきたかったんだと思います。病床での稽古、さぞ大変だったでしょう。
 復活噺でなくとも、古典を現代でも通用するわかりやすい演出に変えたり、わかりにくいサゲを改変してみたり、とにかく落語を後世に残したい、後生につなぎたい、そんな想いだったんではないかと思います。
 後世に残したいと云う意味では、錦影絵の復活しかり、狂言とのコラボレーションしかり。自分の人気をうまく利用して、そう云った古典芸能を広める橋渡し役としても活躍していました。

 そんな苦労をまったく高座で見せないところがまたカッコ良いですよね。


 吉朝さんのウェブ・サイトがリニューアルされ、ホームページにこんな挨拶が掲げられました。

つぶやき一句・・・
そろぼちと 布団をあげて 深呼吸

皆様、ごきげんよろしゅうございます。
さて、このたびホームページ「温泉旅館きっちょう家」を開業させていただくはこびとなりましてございます。
こんどこそまじめにやります。
うそ。
どうぞ、お暇な折にお立ち寄り下さいませ。

主人軽薄

 いかにも吉朝さんらしい、お茶目な挨拶ですよね。

 「真夜中の露天風呂 〜主人のひとりごと〜」ってコーナーにはこんなコメントも。

7 月 1 日(金)

あーよう 休ましてもろた。
ほんまはずっと休んでたいけど、ま、そうもいかんやろ。
復帰を期にこんな旅館開業したけど
ちゃんとやっていけんのかーっちゅうねん。
まーやってしもたもんはしゃーないわ。
そろぼちいこか。そろぼち・・・・

 いきなりのぐうたらコメントで、しかも復帰後まったく更新されんもんですから「早く更新してくれんかなぁ。このコーナーのこと、忘れてんのかな?」って呑気に考えてました。
 いま読み返すと、「ちゃんとやっていけんのか」とか「そろぼち」に覚悟が感じられます。


 粋で、風流で、おもしろくて、ちょっと毒があって、でも嫌味じゃなくて、古臭くなくて、それでいて古典の様式美を追求してて、そんな吉朝落語でした。マクラもおもしろく、それも楽しみのひとつになっていました。初心者に勧めるなら吉朝さん、いつもそう考えてました。
 この前の『米朝・吉朝の会』のあと、「これから枯れた味わいも出てくるんやろなぁ」とか、ぼんやり考えていました。でも、そんな吉朝落語を観ることも、もうかなわないんですねぇ。こればっかりはしゃあないですけど。

 これからは『七人の侍』ならぬ『七人の弟子』が吉朝落語の遺伝子を継いでゆくことでしょう。そのスタイルはもとより、精神性をも受け継がれることを願います。


 吉朝さんに出会って 17 年くらいでしょうか。
 楽しい時間をたくさん過ごさせていただきました。
 落語のおもしろさ、奥深さを教えていただきました。

 ありがとうございます。

 私はこれからも吉朝さんの愛した落語を楽しみたいと思います。

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コメント

山葵さん、はじめてお邪魔します。

うるうさんのページから来ましたが、ホントは以前から時々拝見していました。

この度の吉朝師のご不幸、私にもショックです。
山葵さんの感想を拝見して、とてもうれしく思いました。私の気持ちをそのまま表現していただいたようで、何度も読み返しています。

ありがとうございました。


投稿: 尾張の関西人 | 2005.11.13 00:07

山葵さん、はじめまして(*^-^*)
小生もうるうさんとこからよせてもらいました。
尾張の関西人さんと一緒で、以前より拝読させていただいてます(^^;
(尾張さん、こんばんは!!)
吉朝師匠のええ思い出読ませてもらい、胸があつうなりました。
小生はみなさんのように文才がないので自分の気持ちを上手くあらわせないのが残念です。
マイベストワンの噺家さんだったもんで、かなりへこんでますが
これからは『吉朝一門』を一層応援していきたいとおもいます。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: ファイン | 2005.11.13 01:12

ご挨拶が遅れまして、bachmoonです。本当に吉朝師匠が亡くなって、数日が過ぎましたが、一旦理解はしたものの、実は、お正月の米朝一門会にあれは嘘でしたなんて言いながら、出て来てくれはるかもしれないと、思う自分がおります。あまり馬鹿馬鹿しいのですが、訃報の記事の載っている新聞買いに行ったり、今何をしているのかようわかりません。
わさびさんとおっしゃるのですか?可愛い名前ですね。しかし、ぴりっときいてくる、わさびのきいた(多分、言われたくないとおもいますが)文章ですね。素直な分かりやすい文章です。
太融寺やサンケイホールでお会いしていたかもしれませんね。
わさびさんのブログを時々拝見することにいたします。また、bachmoonものぞいてくださいね。お邪魔いたしました。

投稿: bachmoon | 2005.11.13 01:57

わさびさん、トラックバックありがとうございました。私も(わさびさんほど長くはないですが)少し落ち着いたときに吉朝師匠とのことを書きたいなぁと思っております。恐れ入りますが、それまでしばらくお待ち下さい。

投稿: wakadoshi | 2005.11.13 08:41

しみじみと拝見しました。代弁していただいている感じで、うなずきつつ読ませていただきました。
嘆願書の件、賛成です。こころあるプロデューサーならもう決心されていることでしょうが。

投稿: 高岳堂 | 2005.11.13 16:24

稚拙な書き物をお読みいただき、さらにコメントいただき、ありがとうございます。

昨年暮れから吉朝さんが約半年ほど休業されていたとき、私の中で 落語=吉朝 の想いを痛感しました。
それゆえ、復帰後の高座はひとしおでした。
吉朝さんの夭逝は上方落語ファンに大きな衝撃を与えたと思いますが、落語ファンであり続けることが吉朝さんへのお供養になると思っています。

> 尾張の関西人 さん
ご遠慮なさらず、ちょこちょこお立ち寄り下さい。

> ファイン さん
私もそうとうヘコみましたが、吉朝一門が師匠の遺志を継いでくれると信じています。

> bachmoon さん
そちらの記事も読ませていただいてます。
「しょーがねーなぁ」はうらめしく‥‥いや、うらやましく思いましたよ。

> wakadoshi さん
長短かかわらず、多くの方の気持ちを読ませていただきたいと思っています。
(私の場合、無駄に長いですね)

> 高岳堂 さん
嘆願書と云ってもたいそうなことを考えてるわけではなく、手紙かハガキかメールでお願いを出す程度になると思います。
ただ、それも数が多くなれば、少なからず影響力を持つんではないか、と。

投稿: わさび | 2005.11.13 17:02

あ、舌足らずでたいへん失礼なことをしでかしてしまいました。「吉朝さん歴が」というのが抜けておりました。本当にごめんなさい。私は吉朝師をよく見るようになってたかだか4,5年程度でした。だから、あまり大層なことを書けませんが、お許し下さいという意味でした。わさびさんのエントリー、全然長いと思いませんでした。最近の吉朝師しか知らない私には、むしろありがたかったです。本当にこのたびは申し訳ありませんでした。どうかお許し下さい。

投稿: wakadoshi | 2005.11.13 18:06

いえいえ、ファン歴の長短なんて関係ないと思いますよ。
それぞれの吉朝さんの見方・聴き方があって、その想いを読ませていただく、それがうれしいので。
お気になさらないでください。

投稿: わさび | 2005.11.13 22:39

素敵な記事をありがとうございました。
読んでいくうちに、吉朝師匠の照れた顔が浮かんできました。
私と落語のご縁を結んでくれたのは吉朝師匠なので、わさびさん同様、末永く落語を楽しみたいと思います。

投稿: うるう | 2005.11.14 02:20

TBありがとうございました。
私もただただショックで・・・結局一度も寄席や独演会を聞きに行く事が出来ず・・・(涙)
山葵さんの思い、私もうなずくばかりです。
まだまだ落語は初心者な私ですが、これからもどんどん落語を楽しんで行きたいと思います。 
今はただただご冥福をお祈りしたいと思います・・・。合掌

投稿: こまっちょ | 2005.11.14 03:42

 トラックバックありがとうございました。

 10月から始めたブログの、トラックバック。最初は如何わしいとこからばかりだったので、「うん?トラックバックて?」と思っていたのですが、今回は初めて“信頼筋”から得られたトラックバック…大変嬉しいです。

 そして吉朝師への愛情がふつふつ感じる文章に「そうそう!」と頷きながら「そういう見方もあったのかなるほど」と感心したり…とにかく大いに感銘を受けました。

 普通なら誰かが亡くなると、すぐにでも追悼番組などが企画され、それを見ることで一応の一段落の気持ちも沸くもんなのですが、一部を除いて勉強不足のマスコミどもは何らアクションもない様子で、どうもしゃあないです。

 けどこういうブログ時代、多くのファンである、発信源皆さま方によるそれぞれの偲び方をもって、芸や人となり、また落語への愛情が浮かび上がってくるのですから、こういう追悼の仕方もまた吉朝師、及び吉朝ファンらしいとも思いました。

 我が家にも何本か吉朝師の音源や映像が残っておりますので、今回に限らず折を見て、落語家・桂吉朝の魅力をほんの一端でも、紹介できればなと思います。

 吉朝師匠、ホンマに楽しい落語をおおきにありがとはんでございました。

投稿: NOMIっさん | 2005.11.14 16:01

いろんな方の追悼記事を読ませてもらって、「私なんかはまだまだしあわせだったんだなぁ」と感じます。
最近になって吉朝さんを知った方や、観に行こうと思いながらも結局観られなかった方に比べると、なんと多くの高座を観てきたことか。
自慢やなく、吉朝さんと同時代を暮らしてきたこと、吉朝さんに出会えたことに感謝するばかりです。

> うるう さん
稚拙な文章でお恥ずかしいかぎりです。
ちょっと吉朝さんをよいしょし過ぎですかね?

> こまっちょ さん
こまっちょさんに比べりゃ、私なんぞは幸せ者ですね。
まだまだ魅力的な噺家さんはおられますんで、 落語会へ足をお運び下さい。

> NOMI っさん
信頼筋かどうかはいささか怪しいですよ。
NHK か『平成紅梅亭』あたりで追悼番組が企画されるとうれしいですね。
とくに、こんなときこそ「みなさまの NHK」にがんばっていただきたいです。

投稿: わさび | 2005.11.14 22:40

いろいろな追悼ページを渡り歩いてるんですが、こちらで「ね、下手くそでしょ?」という部分を読ませて頂いた瞬間、まさに頭の中で吉朝さんの声がはっきりと聞こえて来ました!
単に古くから聞いているというだけで、みなさんのような立派な文章もしっかりした分析もできませんが、落語会でちょっとお尻が痛くなった頃に、吉朝さんが出て来られて、開口一番、冒頭のようなちょっぴり毒のある台詞を口にされたとたん、一気に吉朝ワールドに引きずり込まれて、こちらも姿勢を正して臨戦態勢で臨んだ、なんて記憶がまざまざとよみがえって来ました。
ブログもやってないし、先日からリンクを辿って読むだけだったのですが、こちらに伺って、つい書き込んでしまい、失礼致しました。

投稿: 過客 | 2005.11.14 23:16

そろそろ前へ向いた動きが出てきたようで、うれしいかぎりです。

> 過客 さん
コメントありがとうございます。
書き手としては、こんな稚拙な文章でも読んでいただいてありがたいです。
ホールの独演会で「グレート吉朝!」の大向こうに「お静かに願います」と返されてましたよね。
ああいう録音を CD に収録していただきたいもんです。

投稿: わさび | 2005.11.16 01:39

はじめてお便りさせていただきます。小生も吉朝フリークの一人として全く山葵さんと同じような気持ちでいます。吉朝さんはギャグの天才とかセンスのあるとか言われてましたけどそれだけではない。あのほとんどよどみのない高座はなにより稽古の賜物だったと思います。同じ話も今度はまたどんな新しいせりふが飛び出すか楽しみにできた唯一の芸人さんでした。今もまだこのコメントを書いていると涙がこみ上げてきます。残念でなりません。

投稿: 初代桂杢兵衛 | 2005.11.19 12:36

> 初代桂杢兵衛 さん
そうなんですよね。
持って生まれた、あるいはそれまでに培われたセンスもさることながら、しっかりと積み重ねた稽古があったればこそのあの高座だったんだと思います。
しかもその舞台裏での努力を感じさせない飄々とした雰囲気もまた吉朝さんの魅力でした。

投稿: わさび | 2005.11.19 21:38

わさびさま、TBありがとうございます。

私は何か困惑してしまっていて、
哀しんでいるんだか何だかよく分からないブログで済みませんでした。

私が吉朝を初めて聞いたのは、
MBSラジオで(野球OFFの時に)やっていた米朝一門の落語を放送する番組で、
15年近く前、私は高校生でした。
たしか「くっしゃみ講釈」「質屋芝居(米朝一門の落語家の名前を折り込んでいた)」あたりだったと記憶しています。

それまで名前も聞いたことがなく、
「すごい上手い(といって、技術を振りかざしている訳でもない)」と感じた覚えがあります。

学生時代もよく落語会に行きましたが、わさびさんと同じように、「いつでも行ける」と思っていました。サンケイの独演会も1度も行かずじまい。今さら悔やんでも仕方がないのですが。

しかし、今年は訃報が多すぎますわ。でも、こんな時にこそ、いろんな落語会に行って新しい息吹を感じていきたいですね。

投稿: かくまる | 2005.11.19 22:13

> かくまる さん
私も記事を書いたときは、やや落ち着きはしていたものの、やはり信じたくないとの思いが強く、不思議な感覚でした。
同年代とお察ししますが、学生時代は金銭的な制約でちょっと値の張る独演会は敬遠してやむなし、と思います。
いまは可能なかぎり観たいものを観るようにしてます。

投稿: わさび | 2005.11.20 12:35

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